上位の肯定的レビュー
5つ星のうち5.0うまい絵なんて描こうと思わなくていい、大事なのは存在。
2024年8月25日に日本でレビュー済み
序章の誘拐ドキュメントにおいて、奥田英朗ばりの緊迫感ある警察小説としてスタートする本作ですが、その後の展開は、犯罪小説としての枠組みを超えた物語の奥行と広がりがあり、胸キュン青春小説的な章もあり、そしてラストは涙必至の感動作となっており、2023年度に出版された日本文学のベストとして名を残すのも納得の出来栄えです。
また、本書を読むと、きっと写実絵画についても俄然興味が沸くと思います。
見たままをそのまま忠実に描く写実絵画、いまや誰でもスマホなどでも簡単にデジタル写真が撮影できる今「写真のように」見たままを描くことにどんな意味があるのかと、これまではそれほど関心もなかった写実絵画ですが、本書を読み、本書に登場する写実絵画専門美術館「トキ美術館」のモデルであろう千葉市の「ホキ美術館」に展示されている作品をネットで見ると、その迫力に度肝を抜かれます。実際に生で美術館で鑑賞すると、とてつもない存在感に圧倒されるのではないかと想像します。
そんな美術の世界においても、国立大学医学部における「白い巨塔」同様、派閥権力闘争が存在し、権力を持つ巨塔に一度にらまれた若手は二度と浮かび上がることができないという現実の存在を垣間見れるなど俗悪な現実世界の厳しさを感じさせます。
本書の物語を牽引するのは新聞記者門田。
平成3年(1991年)に発生した未解決の誘拐事件の真実を、30年後の今、地道な取材活動によって解き明かしていくというスタイルの本作。
調査報道とは、ジャーナリズムが検証を重ねることで、最終的に捜査能力や防犯意識の向上に繋げることを目的とする。
しかしながら、その真っ当な視点のみでは、犯罪報道は「自分たちとは縁遠い悪人たちによる出来事」で終わってしまう。でも現実は被害者も加害者も人間であるということ。
本書物語の牽引者門田記者の「きちんと人間を書きたい」との信念が、人の心を動かし、真実に近づいていく。
実にすてきな作品でした。