[目次]

▼ 客人をもてなす「茶道」の仕掛け

▼ 茶道が教えてくれる、ビジネスに生きるテクニック

▼ 「苦手な人」との付き合いも茶道の精神で突破

※2024年5月8日に「ダイヤモンド・オンライン」に掲載された、橋本未来氏(コピーライター)による記事の転載になります。


一体、「茶道」がいかにしてビジネスに役立つのか。表千家同門会大阪支部で事務長を務めると同時に、不動産管理事業を営みながら若いビジネスパーソンを指導する立場でもある前田一成さんにお話を聞いた。

客人をもてなす
「茶道」の仕掛け

前田一成さんは、茶道の魅力を広げようと、千利休にゆかりの深い大阪府堺市にある「さかい利晶の杜」で、一般の人たちに向けた表千家のお点前を受け持つ。

ビジネスにも精通する前田さんに、「茶道」の魅力について教えてもらった。

「茶道は、お茶を飲んだり、お菓子をいただいたりすることが主な目的ではなく、客人をもてなすことに主眼があります。せやから、お客さまの状態を観察し、どのように接するのがベストかを考える。千利休の『守破離』という言葉一つとっても、ビジネスと密接な関係があるんですわ」

前田さんが語る「守破離」とは、先人が作り上げた型を徹底的に学ぶことで、自分の中で確固たる美意識を形成することを言う。その上で、「破」や「離」のプロセスに移行し、型を破り、離れることで、自分ならではのスタイルを確立していく。茶道には、その神髄が込められているという。

「茶道に唯一の正解はないということが、ビジネスと通じる点です。ビジネスにも、『不変の一手』というものはあり得ないでしょう?」

また、「茶道」には客人を楽しませる仕掛けがたくさんあると教えてくれた。例えば、「茶道」には欠かせない花や掛け軸、器もその仕掛けのひとつだ。

「かけ軸、器に、異風なものを用意することで、『これは、なんというものですか?』という話のきっかけになる。その知識に通じ合っていれば、より会話は盛り上がり、最高の時間を客人に提供できますがな」

たとえ、そうした知識に通じていない場合においても、「茶道」の「おもてなし精神」はしっかりと対応できる。

「仮に、そうした知識に疎遠な客人が来られたとします。そういうときは、お湯を沸かす音に耳を傾け、『お湯が沸いてますね』と静寂を共にするぜいたくを感じられたらええと思うんです」

茶道には、どのような客人が来られようと、相手を楽しませ、快適にさせる道具や手法が無尽にあるのだ。

茶道が教えてくれる、
ビジネスに生きるテクニック

では、「茶道」の中で、ビジネスで使えるテクニックには、どのようなものがあるのか。

「これも、ひとつの考え方で絶対ではないけど……」と前置きをした上で、次のような話をしてくれた。

「茶道には、型、様式があります。これは、その様式に沿って茶碗を持ったり、お菓子を差し出すと、所作が美しく見えるからなんです。それもひとつのおもてなしの心ですねん」

とはいえ、客人の気持ちは千差万別に違いない。「茶道」の視点から、おもてなしをいかに届けることができるのか。前田さんが続ける。

お茶を立てる前田一成さん
橋本未来
お茶を立てる前田さん。

「ビジネスの場面では、昇格や転職など、新たな環境に挑む人たちも多い。そんなとき、ぜひ使ってほしいのが、掛け軸なんです。例えば、千利休さんが残した『本来無一物』という掛け軸を掛けてあげる。気持ちも何もかもゼロに戻して、心機一転、新たなスタートを切りましょうという思いを伝えてあげられるんです」

茶道で掛けられる掛け軸には、定石というものがある。季節やお茶会のテーマなどに合わせた、掛け軸の絵柄や記される禅語のパターンのことだ。とはいえ、そうした決まり事に縛られるのではなく、「客人ごとに合わせた、おもてなしの心を持つことが大事なんですわ」と前田さんは言う。

「掛け軸の言葉の意味は、二人の関係性や受け取る側の気持ちによって変わります。だから、ひとつの意味に固執せず、自分自身の解釈はあれど、あくまで相手のことを思いやるなら、掛け軸のどんな言葉でも届けられるはず」

掛け軸に続き、お茶の入れ方にもポイントがあると話す。

「塩味のお菓子と甘いお菓子でもお茶の入れ方は変わってきます。接待で二日酔いかなと思ったら薄味にしてあげる。それを、さりげなく行い、味わっていただくことで、おもてなしを受けた側を心底喜ばしてあげることができるんです」

こうした気配りや心配りは無数にある。また、相手のことを想い、心地よい時間を提供するためには、形式さえも取っ払うことも必要だという。 

「相手が求める状態をこちらから露払いしてあげるのも大切です。相手が、もし足がしんどそうなら『どうぞ、崩してください。わたしも、しんどいので崩していいですか?』と先に崩してあげると、相手も気を使わずに崩せるでしょう?相手が最も心地よいと思う状態をいかに作るかが大切なんです」

「苦手な人」との付き合いも
茶道の精神で突破

前田さんは「茶道」を学んだことで、知らず知らずのうちに、ビジネスで生きる力が磨かれていったと自身の体験を振り返ってくれた。

「例えば、不動産管理の仕事の場面。お客さんと向き合うとき、どんな突飛なご要望があっても、ビジネス上では、頭ごなしに『NO!』という答えはない。そこで生かされるのが、茶道で磨かれた『観察力・行動力・判断力』の三つです。

相手の言葉だけでなく、表情もしっかりと観察する。なぜ、こんな要望を持っていらっしゃるのか。うちの不動産を使って、どんなビジネスを展開していかれたいのか。それを、表情からつぶさに観察する。もちろん、瞬間的に判断できるものではなく、何度も顔を突き合わせてやりとりしていく中で、おぼろげながら、ご要望に輪郭が見えてくる。そうしてようやく、最初に感じた唐突さの理由がくみ取れ、解決するための筋道が立てられる。

急がば回れ、といいますが、時間がすべて、コスパ最重要の時代でも、ビジネスは人付き合いの仕方の中にこそ、答えが見つかっていくんです」

また、ビジネスの場面では避けては通れない「苦手な人」についても、「茶道」の精神で突破することができると話す。

「どこを苦手と感じて、なぜ不快なのか。もしかすると、こちらに何か原因があって、相手はあえて同じような態度を取っているのかもしれない。心が壊れるまで付き合う必要はないけれど、ビジネスでは気の合う人とばかり付き合うことはあり得ない。ならば、苦手なタイプを減らすことが大切です。

茶道の核心である『思いやり』の気持ちを持って、相手のことを知って、どこに喜びを感じ、なにが嫌なのかを忖度する。普段のやりとりの中で、その答え合わせをしていくと、次第に相手の求めている快適さを提供できるようになり、気付いたら最高のビジネスパートナーになっているというケースも多々ありました」

マニュアルや形式通りではなく、その人によって柔軟に対応方法を変えていく。その思いを「茶道」が持つ、一客一亭や一期一会の教えを例に取り、次のように教えてくれた。

「茶道もビジネスも、人との関係性で成り立っている。どっちも金太郎あめではあかん。その人だけの特別な方法を編み出すこと。テクニックは引き出しの数にはなるけど、最終的にはそれを見切って、その人ごとに目新しい引き出し、耳新しいテクニックを編み出していく、こうした考えが、最高のおもてなしに繋がるのではないでしょうか」

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