クワイエットラグジュアリーという言葉が流行しつつある。いつ頃生まれたのか定かではないが、ナルシソ・ロドリゲスがディレクターをしていた2000年頃のロエベ、そして10 年ほど前のフィービー・ファイロによるセリーヌがこの言葉で評されていた。調べると、この言葉の流行は今年3月下旬にグウィネス・パルトロウが裁判所に出廷した際に着ていた、ザ・ ロウのコートとプラダのブーツを組み合わせたスタイルがきっかけで再燃したようだ。ロゴや模様といった自明なブランド性を表象しない、シンプルなシルエットのものを身にまとい、質感や形の微妙な差異を自己の表現手段として背後にある価値観をアピールする。ここまでは過去話題になったノームコアと同様だ。その違いは、別名ステルス・ウェルスというだけに、「富」を宿す点だ。
清貧の思想のある日本には、ロゴ入りの服やジュエリーなど、富をわかりやすく象徴するものを身にまとうよりも、解せる人だけに機微を伝える形で、必要最小限に匂わせるのを「粋」とする美意識がある。だが近年のストリートブームにより、表参道を歩くとロゴ入りのラグジュアリーブランドを身にまとうスタイルを目にしない日はなくなった。そういったスタイルを品がないと言う人もいるが、果たしてそうだろうか? コロナ前、ブティックが一軒もないような海外の小さな街に仕事で旅をすると、服の形や素材の機微よりもむしろ、ラグジュアリーブランドのロゴが、誰にでも伝わる自己表現として雄弁なことを実感したものである。ロゴは富を雄弁に語るボキャブラリーの一種だ。一方、それを静かに語るクワイエットラグジュアリーは、「機微」を解せる人々が周りにいてこそ活きるスタイルであり、流行しているその場所が豊かであることの表れでもある。
今、海の向こうでは戦争が起き、都市のあちこちでは暴動が起きる一方、世界ではラグジュアリーブランドの旗艦店が続々と生まれ、ロゴ入りのプロダクトが発表され続けている。そんななか、クワイエットラグジュアリーが世界の大都市を中心に再燃しているのは何故か。
「ありふれた富は盗めるが、真の富は盗めない」とオスカー・ワイルドは言った。「富」のボキャブラリーが街にあふれ、 騒々しい社会の中で、他者がすぐに真 似できない新たな、そして静かな言葉を探したくなる気分だからかもしれない。時に、雄弁は銀、沈黙は金なのだ。
クリエイティブディレクター/文筆家
株式会社クラインシュタイン代表。コム デ ギャルソンを経て、パートナーのコイシミキとクラインシュタインを設立。NOVESTA(ノヴェスタ)、BIÉDE(ビエダ)等、国内外のブランドのプロデュースを行う。
Instagram:@yusukekoishi
ホームページ:kleinstein.com
身体を優しく包み込む、ダブルフェイスのカシミヤを使ったエルメスのコート。ポケットの中に 配されたレザーライニングなど、着た者でないと味わえない贅沢なディテールも見逃せない。
ホワイトとキャメルのバイカラ ーが上品なボンバージャケットは、ウール使いのリブやキャメルファーをふんだんに使用したライナーなど、贅を尽くした素材使いが特徴。ロロ・ピアーナならではのレインシステム加工を施しているので雨天でも気にならない。
優雅なドレープが見るからに上質なストレッチフランネルのカシミヤシャツとワイドパンツ。最高品質のカシミヤのウーステッド糸の織物を贅沢に使用した逸品。
厳選したカシミヤを使用したニットパーカは、リラックス感たっぷりでありながら洗練されている。トレンドに流されないカーキグリーンが柔らかでモダンな雰囲気を生む。
比翼仕立てのシンプルかつスムーズなフロントが特徴的なロングコート。平面的なシルエットと明るいトーンのヘーゼルベージュ色がタイムレスで上品な印象を演出する。
職人の尊厳を大切にするブルネロ クチネリが誇る、最高級カシミヤを使用したタートルネックセーター。クラフツマンシップとクリエイティビティが融合したケーブル柄が新鮮だ。
パープル レーベルのために開発され、ラルフ・ローレン氏みずからが選んだウール ギャバジン生地を使用。イタリアで手作業で仕立てられた洒脱なトラウザーズだ。
ヴェネチアレザーが生み出すカカオカラーのグラデーションが美しい一足。ブランドのヘリテージのひとつであるレザーブーツは、履き込むごとに増していく光沢を楽しみたい。
ゼニアのDNAであるテーラリングをカジュアルなデザインに落とし込んだブルゾン。ジャケットとして羽織ってもよし、ユーティリティシャツとして着るもよし、のオールマイティな一着だ。
1990年代に展開され、人気を博した名作が「デラーノII」として復刻。美しい流線型にバックルストラップが付いたローファーは、ドレッシーにもカジュアルにも履くことができる。
光沢感のあるウールを使用したネイビーのハイウエストパンツは、テーパードが効いたシャープなシルエットが美しい。バックルベルトとエンベロープポケットが遊び心をくすぐる。
型紙とハサミを使って1枚ずつ手作業でカッティングされたオックスフォードシャツは至福の着心地だ。「シンプル・イズ・ベスト」な定番のサックスブルーは1枚もっておきたい。
ニットブランドの王者として名高いクルチアーニを象徴する、カシミヤのタートルネックセーター。上品なグレーが、丁寧に編み込まれたニットのテクスチャーの良さを引き立てる。
ダンヒルの起源である馬具に着想を得た、カーフレザーの大容量トートバッグ。長さを調整できるハンドルや無色の型押しロゴなど、ファッション性も高い実用的なトートだ。
PHOTOGRAPHS BY REIKO TOYAMA
WORDS BY YUSUKE KOISHI @ KLEINSTEIN