“シン・ウルトラマン計画”の全貌に迫る

映画『シン・ウルトラマン』が5月13日に公開された。『シン・ゴジラ』を大ヒットさせた庵野秀明と樋口真嗣をはじめとする製作陣は日本を代表するSF特撮ヒーロー「ウルトラマン」とどのように向き合い、そして何を描いたのか? “シン・ウルトラマン計画”のキーパーソンが明かす。
ギャラリー:“シン・ウルトラマン計画”の全貌に迫る
Maciej Kucia

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Maciej Kucia

創造の原点となった幼少期のウルトラマン体験

映画・脚本を担当した庵野秀明が、「芝居を観て大変感心した」と語ったというのが、『シン・ウルトラマン』で主演をつとめる斎藤工だ。

「はじめてお会いしたのは『シン・ゴジラ』の撮影現場です。長時間お話しすることはできませんでしたが、なぜか満たされたような感覚があったんです」

その予感は当たった。結果、主演に抜擢された斎藤は、「自分が起用された理由の答え合わせはしないほうがいい」と語る。

「言葉や科学では解明できないことが、僕のターニングポイントには常にあるんです。目に見えない存在と有機的な僕らの世界、その表と裏の位置関係というか。『シン・ウルトラマン』の台本を読んだとき、僕が考えていたことを見透かされたように感じたんです。直接言葉を交わさなくてもわかってくれていたというか、庵野さんとはどこかで交流ができていたように思います」

出演に至るまでの経緯について問われた斎藤は脳内で考えをめぐらせながら、ゆっくりと確かめるように言葉を紡いでいる。

「観客にとっては一時的な娯楽作品だと思いますが、自分にとっては『シン・ウルトラマン』の撮影で過ごした時間、そして経験は特別なものでした。この先も一緒に生きていくんだろうと思っています」

オーストリアの思想家・哲学者であるルドルフ・シュタイナーの教育理念を実践する小学校に通っていたことも関係しているのだろうか、斎藤少年にとってのウルトラマン体験は特殊なものだった。

銀色の巨人という生命体、 そして神仏のような存在と向き合うことに注力しました

「テレビをもたない家庭だったので、ウルトラマン・シリーズを観たことはありませんでした。でも、父が映画業界の人間だったこともあり、唯一自宅にあった玩具がウルトラマンと何体かの怪獣だったんです。それを近所の公園にもって行って、自分で物語をつくりながら遊んでいました。今振り返ると、創造の原点はウルトラマンだったんです」

役作りにあたり、幼少期に触れることのなかった過去のシリーズは参考にしたのだろうか。

「庵野さんや樋口真嗣監督をはじめ、製作に関わる多くの方がウルトラマンにリスペクトをもっているので、キャラクター設定が明確なんです。(初代ウルトラマンをデザインした)成田亨さんの最初の着想である“銀色の巨人”という生命体、そして神仏のような存在と向き合うことに注力しました」

不思議な縁に導かれるかのように主演をつとめたウルトラマンだが、その正体は斎藤の目にどのように映ったのだろう?

「“狭間にいるから見えるものがある”というセリフがあるのですが、これこそがウルトラマンというものを明確に表しています。コロナ禍前に撮影された作品ですが、今地球規模で起きている違和感を示唆するかのような物語です。公開延期もありましたが、すべては今年5月に公開されるための必然だったようにも感じています。物事をどの角度から見るのか、そんな問いを投げかけてくれる作品だと思います」

斎藤 工

俳優、映画監督

主演作Netflixオリジナルシリーズ『ヒヤマケンタロウの妊娠』が4月21日に配信スタート。齊藤 工名義でFILM MAKERとしても活躍し、「Asian Academy Creative Awards 2020」で最優秀監督賞を日本人として初受賞。監督長編最新作、映画『スイート・マイホーム』(主演・窪田正孝)が2023年公開予定。被災地や途上国の子供たちに映画を届ける移動映画館プロジェクト「cinéma bird」の主宰や、俳優主導のミニシアター支援プラットフォーム「Mini Theater Park」の発起人など、活動は多岐にわたる。


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Maciej Kucia

キーパーソンが見た庵野&樋口の流儀

庵野秀明と樋口真嗣に『シン・ゴジラ』を託したのが東宝の取締役、市川南だ。いわゆる仕掛け人のひとりである。『シン・ウルトラマン』においても、その手腕を存分に発揮したのだろうか。

「いえいえ、今回の仕掛け人は円谷プロダクションの塚越隆行会長ですから。私はお話をうかがって、ご一緒しますとお答えしただけです。ウルトラマンは数少ないSF超大作ですし、誰もが知っているキャラクター。断る理由がないですよ」

自らが発起人ではないということもあり、『シン・ゴジラ』のときよりは気楽な部分もあったのだろうか。

「それはまた別ですね。製作の母体は東宝映画でやらせていただいたので、そんなに変わらなかったです」

当初はエグゼクティブプロデューサーとして関わっていた市川だが、2020年に映画営業と宣伝の部署へ担務が変わったこともあって、奇しくも『シン・ウルトラマン』公開までのすべての工程を見届けることになった。

「営業・宣伝していくなかで強く感じたのは、オールターゲットだということです。ウルトラマンに思い入れのある50代以上の方々はもちろんですが、10代や20代も対象です。さらにカップルが観ても楽しめる作品でなければならない。『シン・ゴジラ』のとき、観客は往年のゴジラファンが中心だと思っていました。しかし、作品の素晴らしさと話題性により年齢層を引き下げることができた。『シン・ウルトラマン』もまた、幅広い方々が楽しめる作品になったと思っています」

そう強く信じることができる理由は、企画・脚本を担当した庵野秀明や樋口真嗣監督との信頼関係が大きい。

「庵野さんは話してみるといわゆる映画青年なんです。アニメはもちろん実写モノにも詳しい。同業者のよしみと言いますか、そういう方とはすぐに距離が縮まるんです。いっぽう、樋口監督はガメラシリーズ3本をはじめ、『ローレライ』『隠し砦の三悪人』『のぼうの城』『進撃の巨人』などで一緒でしたから気心が知れています。映画監督というよりも映画マニアのお兄ちゃんという感じで、誰とでも仲良くなれる人です。ずっと親しくさせてもらっています」

庵野さんと樋口さんの作品は、あらゆる違和感を解消し、そこをプラスの要素に変えている

映画公開前の4月、『シン・ウルトラマン』の内容について解禁されているのはウルトラマンのヴィジュアルやキャスト、怪獣もネロンガとガボラの登場が知らされている程度だ。

「インターネット、SNS時代だからこそできる宣伝手法だと思っています。限られた情報をもって映画館に行く観客は、知らないことが多いぶん驚きも大きい。そこから拡散されるパワーを我々は信じているんです。コアなファンの存在と作品のクオリティに自信があるからこそできる戦略ですね」

淡々と語りながらも、その裏側に大きな自負を感じさせる市川。初代ウルトラマンをデザインした成田亨のコンセプトを踏襲した、新たなウルトラマンをどう見たのだろうか。

「脚本に“銀色の巨人”という言葉が出てくるのですが、まさに銀色の巨人だなと思いました。カラータイマーがないのも新鮮でしたし、率直に美しい。たとえばカラータイマーの存在って子どもでも気づく、率直な疑問点ですよね。庵野さんと樋口さんの作品は、ヴィジュアルを含めたあらゆる違和感を解消し、そこをプラスの要素に変えていて、うまいなと思う点が多々あります。そこも見どころのひとつですね」

市川 南

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テーマは、人間、地球、コミュニティなどとの共存

朝からあいにくの雨模様。慌ただしく準備が進む撮影スタジオに、円谷プロダクション会長兼CEOの塚越隆行はゆっくりと入ってきた。親会社フィールズの山本英俊会長に見いだされ、2017年にウォルト・ディズニー・ジャパンからやってきた人物だ。円谷プロのリバイタライズを託された塚越のプランのひとつ、それはウルトラマンを一般映画として公開することだった。

「社長に就任してすぐ、僕のほうから庵野秀明さんに声をかけました。それ以前にも企画はあったようですが、実現しなかったということも聞いていました」

2017年夏の出来事だというから、すでに『シン・ゴジラ』は公開されている。

「『シン・ゴジラ』があってもなくてもオファーをしていたと思います。ただ、『シン・ゴジラ』をじっさいに観たことでウルトラマンも素晴らしいエンターテインメント作品になると確信できたことは大きかったです」

前職でジブリ作品のビデオ配給をしていた縁もあり、プロデューサーの鈴木敏夫を通じて庵野とも交流があったという。

「最初に声をかけたときは対面で企画を話し合いました。その後、A4用紙4〜5枚のプロットを書いてきてくれたんです。最初に読んだとき、とにかく『すごい』と思いました。テレビ番組のウルトラマンは30分のエピソード。それを約2時間の映画にするのは難しいはずなんです。でも、設定や背景、ウルトラマンがそこにいる理由などが緻密で絶妙。ウルトラマンを知っている人であればそのクリエイティビティに驚くし納得もする。知らない人が観ても感動する作品になると確信しました」

一緒に生きることの大事さ、素晴らしさをみんなに感じてもらえる作品になっていると思います

円谷プロにとってウルトラマンは最大のIP(知的財産)であり、現在も子ども向けのテレビシリーズは続いている。それを“外部”に委ねるとなるとそれなりの衝突も予想してしまうが。

「ウルトラマンとはどんな存在であるのか。そういった哲学のようなものを深く理解され、また愛されているのが庵野さんなんです。ですから、私たちからお願いすることは何もなかった。唯一と言えるのは、タイトルロゴにウルトラマンのブランドロゴ(英語表記のULTRAMAN)を入れるようお願いしました。今後、他作品も含めてこれがウルトラマンの証となります」

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の公開を控えていたこともあり、監督は樋口真嗣がおこなうことに決まった。それは庵野からの提案だったという。

「改めて樋口さんはすごく優秀なクリエイターだと感じました。何より庵野さんとのリレーションシップが素晴らしいんです。ふたりの流儀はそれぞれ違うのですが、まずは樋口さんがものすごいものを作る、そこに刺激されてさらにすごいものを庵野さんが返してくる。高みを目指していく過程を間近で見せてもらいましたが、そうやって作品がどんどん良くなっていくんです」

2019年からはNetflixにてアニメ『ULTRAMAN』の配信、2021年にはMARVELコミックスより漫画『THE RISE OF ULTRAMAN』が発売されるなど、海外進出も盛んになっている。そのいっぽう、塚越会長は以前から「ウルトラマンは欧米の基準に合わせない」と発言してきた。

「今こそ日本やアジアがもっている哲学をグローバルに提案できるいいタイミングだと思っているんです。それが円谷プロにとっての差別化にもなる。かつてはハリウッドをお手本にすることがヒットの方程式でした。個人の挫折と葛藤と成長みたいな話ですね。それもまた大事なことですが、ストーリーが似たものになってしまいます。そもそも初代ウルトラマンの設定や、ひとつの身体に宇宙人と人間が同居していることなどは、世界的に見てとんでもない発想だと思うんです。しかし、だからこそ、初代ウルトラマンはハヤタ隊員の気持ちを理解するわけです。利己的ではなく利他的な感覚は、多様化するグローバルの世界でも受け入れられると信じています。そういった意味でも、『シン・ウルトラマン』は今後の海外展開における試金石になる作品なんです」

そう考えるようになったのは、円谷プロ入社以来続けてきた「ULTRAMAN ARCHIVES」というプロジェクトが大きい。

「昭和のウルトラマンを作られた関係者たちから、どのような思いを込めていたのかを伺い、記録するプロジェクトです。もっとも強烈だったのは、飯島敏宏監督のお話でした。『ウルトラマンとは使徒であり、ケンカをするために地球へやってきたわけではない』ということ。僕らがテーマにしているのは、人間、地球、コミュニティなどとの共存。『シン・ウルトラマン』もまた、一緒に生きることの大事さ、素晴らしさをみんなに感じてもらえる作品になっていると思います」

塚越隆行

円谷プロダクション 代表取締役会長兼CEO

広告代理店を経て、1991年、ディズニー・ホーム・ビデオ・ジャパン入社。2000年、ブエナ・ビスタ・ホームエンターテインメント(現ウォルト・ディズニージャパン)日本代表就任。2010年、ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンのシニア・ヴァイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーに就任。2017年、円谷プロダクション社長就任。2019年より現職。


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描きたかったのは現代のユートピア

同じ建物内で別媒体の取材をこなしてきた樋口監督は、「次はアウェイだ、アウェイ」と冗談を飛ばしながら撮影スタッフが待つスタジオにやってきた。話を訊いたのは3月末、この時点でまだ映画は完成していない。CG表現を最後まで練り上げているようだ。

「アプローチさえ間違えなければ、時間をかけるほど良くなる底無し沼のような作業なんです」

そこまで苦しむのならば、特撮の醍醐味でもある着ぐるみでもよかったのでは?という素人考えもよぎる。

「フルCGじゃないと表現できないんです。とにかく古谷敏(初代ウルトラマンのスーツアクター)さんの体型がすごいんですよ。55年経った今でも、あの体型を超える人に出会えていない。古谷さんはあの当時で180センチ以上もあったので抜擢されるわけですが、手足もめちゃくちゃ長いんです。それがウェットスーツを着たときに、違う星からやってきた人間に見えた。その後、いろいろな人が着るわけですが誰ひとり近づけていない。フルCGになったのは、そこもひとつの理由なんです」

いつもと勝手が違うであろう『GQ』の撮影に戸惑いながらも、ポーズや表情を積極的に演出する樋口監督はとにかく明るい。彼が本作で表現したかったことは何だったのだろうか。

「『シン・ウルトラマン』は人類がはじめてウルトラマンと出会う瞬間、つまり初代ウルトラマンの物語を現代に再構築した話です。また、初代ウルトラマンというのはシリーズの中でも底抜けに楽観的で、極めて平和な世界なんです。人間同士が憎しみ合うことをやめた、人類の念願である世界平和が実現した理想郷なんですよ。だからこそ宇宙人に狙われるわけで」

地獄が待っていても、 面白くなるならそっちを選ぶ。今回に限った話ではないですけどね

しかし現実は厳しい。その後に放送された『ウルトラセブン』では、ベトナム戦争が作品に影を落とし、宇宙人との戦争が物語の中心となっていく。

「初代ウルトラマンをDVDや配信で観ても、今の人は過去のものとしてとらえてしまう。だからこそ、現代の物語として人類はこうあるべきではないかというユートピアを描きたかったんです。怪獣とウルトラマンが戦うのは見せ場のひとつですが、じつは素晴らしい人たちがこの世界には生きていて、その代表が“禍特対”のメンバー5人であり、彼らだからこそウルトラマンという宇宙人ともわかり合えるんです」

本作を監督することになったさい、庵野秀明から「初代ウルトラマンは樋口監督に向いていると思う」と告げられたという。そのアンサーでもあるようだ。

「脚本はあくまでも現実の延長にあってユートピアの話は出てこない。そこから何を導き出すのかを考えた結果です。これは思い込みだから、じつは全然違ったりしてね(笑)」

禍特対のメンバー5人のキャスティングもまた、ユートピアを描くための人選だったという。

「ある意味で、理想の未来を託せる人たちを集めたかった。誤解を恐れずに言えば、二面性とかいらないからって。子ども向けに作っているわけではないですけど、嘘だったり心の闇だったりというものとは真逆を行くような、ピュアでイノセントなところが欲しかったんです。主人公の神永新二を演じる斎藤工くんなんて、本当に濁りのない瞳をしていたんですよね」

作品内では、超自然発生巨大生物のことを「禍威獣(カイジュウ)」と表現するなど現代的なギミックも効いている。

「コロナ禍の前に撮影していたから偶然ですよ。災害にどう対処するか、くらいの意味しかなかった。禍という漢字がこんなに広まるなんて思ってなかったですから」

特撮の老舗・円谷プロを代表するキャラクターであり、庵野が愛したウルトラマン。それは間違いなく苦労の連続になるであろうことを知りながら、監督を引き受けた理由を訊いた。

「庵野の脚本が面白かったから、俺のモチベーションはここまで上がったと言ってもいい。円谷プロと東宝がやる気になっている今しかできないことですし、それを断る理由は見当たらなかった。その先に地獄が待っていても、面白くなるならそっちを選ぶ。それは今回に限った話ではないですけどね」

樋口真嗣

特技監督・映画監督・映像作家・装幀家

1984年『ゴジラ』で映画界入り。1995年『ガメラ 大怪獣空中決戦』で特技監督を務め、第19回日本アカデミー賞特別賞を受賞。主な監督作品は『ローレライ』『日本沈没』『のぼうの城』『シン・ゴジラ』など。

Maciej Kucia

PHOTOGRAPHS BY MACIEJ KUCIA @ AVGVST STYLED BY SHINICHI MITA (SAITO), AKIHIRO MIZUMOTO HAIR STYLED & MAKE-UP BY SHUJI AKATSUKA (SAITO), KEN YOSHIMURA WORDS BY EIZABURO TOMIYAMA