今年のオスカーでは、作品、監督、脚本などの8部門で9つの候補入り。最多ノミネートの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』と並んで、作品部門の最有力候補と見られているのが、マーティン・マクドナー監督の『イニシェリン島の精霊』だ。
5年前、ギリギリまで『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)と作品部門を争いつつ惜しくも敗れた『スリー・ビルボード』(2017)も、いかにもマクドナーらしいブラックコメディだった。しかし、この最新作はさらにダーク。舞台は、内戦に揺れる本土から離れたアイルランドの島。妹とふたりで暮らす主人公のパードリックは、ある日、長年の友達コルムから、もう友達をやめると宣言される。あまりにも突然のことに納得がいかないパードリックはコルムにつきまとうのだが、状況は悪化していくだけだ。
パードリックとコルムを演じるのは、マクドナーの長編映画監督デビュー作『ヒットマンズ・レクイエム』(2008)にも出演したコリン・ファレルとブレンダン・グリーソン。マクドナーは最初からこのふたりをイメージしながら脚本を書いた。パードリックの妹役のケリー・コンドン、友達役のバリー・コーガンも同様だ。この4人とも、オスカーにノミネートされている。
「この人たちはみんな繊細な演技ができるし、コメディの才能もあります。それに、人としても最高。彼らとなら楽しい仕事になるだろうと思ったんですよ。ケリーとは『ヒットマンズ・レクイエム』より前、私が舞台の仕事をした時からの仲なので、もう20年以上。バリーとは今回初めて組みましたが、すばらしい役者だとわかっていました。誰かをイメージして書くのは、最近の私の傾向なんです。じつをいうと、『スリー・ビルボード』も、最初からフランシス・マクドーマンドとサム・ロックウェルをイメージしていました」
この脚本を書くには、長い時間がかかった。何をしたいのかよくわからず書き始めたのは、7年か8年ほど前のこと。書き終えたのはいいが、自分でも気に入らなくて引き出しの中にしまっていたものを、3年ほど前に引っ張り出して読み直してみたことから、本格的にこのプロジェクトが始動した。
「ひどい脚本だと思っていましたが、あらためて読むと、最初の部分はかなり良かったんです。パードリックがコルムの家を訪ねていき、絶縁されるところですよ。それで、そこは残し、その後をすべて書き変えることにしました。もとの脚本には、もっといろいろな話が盛り込まれていたのですが、シンプルにしようと思ったのです。これは、破局の話。その辛さを正直に語ってみたかった。アイルランドの内戦という時代背景にもメタファーがあります。ほんのちょっとした行き違いが、恐ろしいことにつながったりするのです」
イニシェリンという名前の島は、実際には存在しない。最初は実在の島を舞台にするつもりだったが、ストーリーに合わなかったのだという。
「アラン諸島のいちばん小さな島、イニシィアを舞台にしようと思い、2、3年前に見に行ってみました。ですが、島はとても美しいけれど、ちょっとモダンすぎて、求めていたような大規模な自然の風景がなかったんですよ。それで、架空の島にすることにしたのです。そうすることにより、たとえば、本土の内戦がどう見えたのかなどの歴史的なことや、その土地の訛りなどもそれほど気にしなくてよくなりました。自由が与えられたのです。その選択をして良かったと、とても満足しています」
ロンドン生まれだが両親はアイルランド人で、アイルランドにはゆかりがある。これらの美しい背景をとらえることができるのも、舞台でキャリアを始めたマクドナーにとっては、映画ならではの醍醐味だという。今作に登場するロバのジェニーは、ダークなこの映画が必要とする温かさを与えてくれるが、動物を出すのも映画だからこそやれたことだ。
「『ヒットマンズ・レクイエム(原題:In Bruges)』で、(ベルギーの街)ブルージュは、重要なキャラクターのひとりでした。この作品においても、風景はとても大事です。僕はそれらを頭に思い浮かべながら脚本を書いたのですから。これと同じことをひとつの部屋でやることはできません。それに、動物も。舞台にロバを出すのは難しいですよね」
撮影はコロナ禍のせいで予定より遅れたが、そのおかげでむしろ時間が与えられ、映画にはプラスだったとポジティブに語る。そんなふうに今作の撮影を満喫したマクドナーだが、次の作品のアイデアは今のところ、まだない。
「私の頭の中では、今はまだ何も発想が渦巻いていない状態です。次もまた同じように長い時間がかからないといいのですけれどね」
彼のファンも、同じことを望んでいる。
1月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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公式ホームページ:https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin
取材と文・猿渡由紀、編集・横山芙美(GQ)