BEAUTY / EXPERT

ディオールの美のエスプリを探る一日に密着。ピーター・フィリップスとティファニー・ゴドイがめぐる東京アドレス

優美かつ豊かな創造性で、つねにファッション界へ革新をもたらしてきたディオール。実はそのクリエイションが、日本とも深い関わりを持つことをご存じだろうか? メゾンのメイクアップ クリエイティブ&イメージ ディレクターを務めるピーター・フィリップスが、来日を機に、弊誌のティファニー・ゴドイと東京の美を感じるスポットを訪れるワンデイツアーを決行。その特別な一日の様子を、各所でのビデオクリップとともにお届けする。
10:00AM/「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展でメゾンの華やかな創造性をおさらい

久しぶりの再会を果たした二人が落ち合ったのは、現在「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展を開催している東京都現代美術館。これまでパリをはじめロンドンNYなど世界中を巡回してきた展覧会が、2023年5月28日まで、人々をめくるめくクチュールの世界へと誘っている。

ここ東京を舞台にした企画展の中でとりわけ強く感じられるのが、ディオールと日本の築いてきた確固たる絆だ。「日本はムッシュ ディオールが新進デザイナーだった頃から彼を高く評価していたそうです。だからこそ彼も、その文化や職人たち、メーカーに対して敬意を示してきたのだと思います」とピーター。「私自身驚いたのですが、当時これらのデザイン画は日本のメーカーや小売業者に送られたのち、独自のアレンジが加えられたこともあったとか。それはまさしく、日本のテーラリングのプロセスへの信頼と敬意の証し」

会場にはムッシュ ディオールをはじめ、彼の愛弟子であったイヴ・サンローランからジョン・ガリアーノラフ・シモンズマリア・グラツィア・キウリ……と、歴代の名だたるデザイナーたちによる壮麗なピースがずらり。

ピーターがディオールのメイクアップ製品の開発を手がけるときにも、ファッションピースから着想を得ることはあるのだろうか?「ファブリックの色彩からヒントを得ることは、もちろんあります」と彼は答える。「例えばハットひとつとっても、花柄を近くで見るとオレンジやコーラルピンク、クランベリーレッド、トマトレッドなど、あらゆる赤系の色が見事なコンビネーションをつくりあげています。これがリップスティックのヒントになるんですね。ひと口に“赤”といっても同じ色はひとつとして存在せず、とてもニュアンスに富んだ異なる色が揃っています」

時を超えて人々を魅了するファッションデザインとリンクしてきた、ディオールのビューティーの魅力についても話してくれた。「川の流れや枯山水の庭園を表現したアートピースのようなドレスは、実際に着る機会がなかなかないですし、ひょっとすると“自分には遠い存在だ”と感じる人もいるかもしれません。ですが、その片鱗を手にすることができるのがビューティーアイテム。こうして展覧会でコレクションの真髄に触れた人は、きっと刺激を受けて大胆なメイクに挑戦したくなるはずです」

「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展
東京都現代美術館
www.mot-art-museum.jp

1:00PM/和を堪能できる「星のや 東京」へ。人力車に乗り、東京の街の魅力を再発見

ピーターの前回の来日は、コロナ禍以前の2019年だったのだとか。日本への再訪が叶ったら「街を歩いてまわりたいと思っていた」といい、今回は編集部の提案でエキサイティングな人力車ツアーを体験することに。皇居周辺をめぐったあと、満面の笑顔で次のようにコメントしてくれた。「“街歩き”という意味では、私にとって最高でした(笑)! 東京は国際的な都市なのに独特の静けさがあって好きなんです。街並みにはごみひとつなく、緑も豊か。よく手入れされたカラフルな花や植木のシルエットを見ながら、行き交う人が穏やかに話しているのを聞くと、落ち着きます。建築物のほとんどがグレーかベージュで、それもよいと思いますね。目に優しいですし、その中にある鮮やかな色が、とても目立つんですよ」

リップスティックにも、同じことがいえるのだという。「黒い服を着ているとリップの色が引き立ちますが、反対に色鮮やかな服を着ていたらあまり目立たないでしょう。そんなふうに、日本では細かいところに目が向きやすくなると感じるんです。色やディテールの絶妙なニュアンス、形、香り……あらゆるものを楽しめますね」。ホテルのラウンジに飾られたツツジの花のひと枝にさえ感謝し、ゆっくりと鑑賞できるのは、日本の美意識があればこそだと彼は語る。「すべてにおいて細かいニュアンスがありますから。一歩下がって眺めると、見えてくるものがある──そういう事実を教えてくれるところも、日本が世界から評価される部分だと思います。また、自らの感情を全面に打ち出すことがよしとされる西洋諸国に比べると、日本では自分を抑え集中してやり遂げることが美徳とされる傾向が。そこにもとても興味を覚えます」

星のや 東京
https://hoshinoya.com/tokyo

3:00PM/新緑の庭園と、壮麗な建築のコントラストに触発される午後のひととき

最後にやってきたのは、アール・デコ様式の建築と和洋のテイストを併せ持つ緑豊かな庭園を有する東京都庭園美術館。二人は開催中の「建物公開2023 邸宅の記憶」展にて、1933年に竣工した旧朝香宮邸の暮らしの様子を偲びつつ、雅やかな茶室のある日本庭園を散策した。色鮮やかな錦鯉と木々の緑、真っ白な鷺の色彩が、まるで絵画のように目を楽しませてくれる。庭園や植物をこよなく愛したというムッシュ ディオールのエピソードを彷彿させる美しさだ。

四季の細かな移ろいのあでやかさを愛でる日本人の感覚は、ディオールのメイクアップ製品の開発にも影響を及ぼしているという。「実は、これほど多くの限定アイテムがあるのは日本を含めてごく少数の国だけ。限定製品をつくる際に心がけているのが、色合いをより繊細なものにすること。パリ発のクオリティと日本の人々のニーズ、そしてこの国へのリスペクトとのあいだで絶妙なバランスを保つよう努めています」

「建物公開2023 邸宅の記憶」展
東京都庭園美術館
www.teien-art-museum.ne.jp

相手への敬意という点において、ピーターはひとつの印象深いエピソードをシェアしてくれた。「初めて日本を訪れたとき、ある方が『メイクをするのは、魅力を増したり自信を得たりすると同時に、自分の姿を目にする人へのリスペクトのためでもある』とおっしゃっていて。ヨーロッパでは、こういう考え方をする人はまずいないと思いました。誘惑したり衝撃を与えたり、何かを主張したりするのではなく、相手へのリスペクトとして、きちんと自分をケアしていることを示す。それはとても美しいことだと思うと同時に、言葉の裏に哲学的なものを感じました。そうしたアプローチを知ると、この国のものを見る目が変わりますし、よい意味でとても謙虚な気持ちになれるんです」

その気持ちは、ラグジュアリーの真髄である“ホスピタリティ”の根幹にも関わると、ピーターは考えているそう。「普段の自分から一歩踏み出し、何か新しいことに挑戦できるような魅力のあるビューティーを提案することが、我々の務めのひとつ。そんなやりとりが可能となる関係を築くにあたっては、やはり“敬意”がカギを握りますし、それがクリエイターのインスピレーションを導くファクターにもなるのです」。洗練された視点から日本の美意識に寄り添ってくれるピーター・フィリップスのクリエイティビティは今後も文句なしに私たちの心を躍らせてくれそうだ。

Special Thanks :Dior Video : Yusuke Kaji Makeup: Rie Shiraishi Realization & Text: Misaki Yamashita Interview: Tiffany Godoy Editor: Kyoko Muramatsu Assistant Editor: Misaki Suzuki