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今年あなたが買うものは、「最新のあなた」の記録だ【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

タレント、エッセイスト、ラジオパーソナリティとして活躍する小島慶子が振り返るヴォーグ ジャパンのアーカイブ。今回は4月号のカバーテーマ「ベスト・ベット」にちなみ、2003年の「Buy Now!」をプレイバック。

Photo: Sølve Sundsbø Cover Model: Stella Tennant

今買え! と言われても、左ページのヴォーグ ジャパンが発売された2003年の秋、私は初めての育休から復帰したばかりでおしゃれどころじゃなかった。出産祝いに夫がティファニー(TIFFANY & CO.)でサファイアの細いエタニティリングを買ってくれたのがこの年の唯一記憶に残る買い物で、今でも毎日身につけているアイテムだ。さて、あなたは20年前、何を買っただろうか。当時はまだ子どもだったという読者もいるだろう。そして、今年は何を買う?

物持ちのいい人はこのところのY2Kリバイバルで、昔買ったバッグがまた活躍しているかもしれない。私の憧れの先輩も、年季の入った深いパープルのグッチ(GUCCI)の「ジャッキー1961」を染め直して使っている。めちゃくちゃかっこいい。先日ランチをした30代のおしゃれな友人は、メルカリで買ったという素敵なビーズのフェンディ(FENDI)のバゲットを持っていた。死蔵されていたものをこのタイミングで出品して現金化した人も多いだろう。昔のバッグは処分してしまったのでまた買おうかな! とブランドのオンラインショップを覗き、とんでもなく高くなっているのに気づいて激しく後悔している人もいるはずだ(それは私)。最近は、高額で長く使えるものに投資する傾向が強まっているという。バッグに傷やほつれができても買い替えずに大事に使い続ける人が増えたらしい。お財布事情だけでなく、そのほうが環境負荷が少ないという理由もあるようだ。あのザ・ロウ(THE ROW)を手がけるオルセン姉妹様も、かなり使い込んだバッグをカメラの前で披露している。

コロナ禍が始まって早3年。暴落した株は一転高騰し、富裕層はますます資産を増やした。エルメス(HERMÈS)ロレックス(ROLEX)が世界中でとんでもなく売れているという。旅も会食もできずロックダウンで退屈し果てた人々は、買い物で鬱憤晴らしをする際に、不況時でも資産価値の減らないブランドにしっかり投資したようだ。ちなみに日本では、コロナ禍でようやくオンラインショッピングが根付いたと同時に、有機的なお買い物体験への渇望からか、なんと昔ながらの百貨店の外商も伸びているという。一方で、ハイブランドがARやVRを使って買い物できるサービスやメタバースでの展開を進めている。今後は日本国内の若い富裕層が消費を伸ばすと見込まれているようだ。若年人口が少なく若者の貧困が問題となっている日本だが、格差社会の上澄み層は消費のポテンシャルが高いらしい。今やオートクチュール市場でも世界の顧客の中心は20代からミレニアル世代だというから、超高級品のお得意様は富豪のおばさまというイメージは、もはや過去のものだ。

確かに20代、30代で買ったものを白髪になるまで使うのはいい投資だと思う。私も数は少ないが指輪や時計など、思い入れの深いものを20年以上使っている。年季の入った高級品が素敵なのは、時間と思い出といういくらお金を積んでも買えない価値が刻まれているからだ。例えば同じ中年でも、角の擦れたバーキンをガンガン使っている人と、ピカピカのバーキンを大事そうに持っている人では前者のほうが迫力がある。中には祖母、母、娘と受け継がれた女3代バーキン暮らしの歴史の威光で、他を圧倒する猛者もいる。階層の移動が極めて困難になった時代に、それは一朝一夕では手に入らない富のシンボルなのだ。

2003年当時は、高いものを少なく買って長持ちさせようなんていう空気は希薄だった。何しろ00年代には、銀座や表参道に怒涛の勢いでハイブランドの大型店舗がオープンしたのだ。あのガラスブロックを用いたレンゾ・ピアノ設計の銀座メゾンエルメスが2001年。2003年には、菱形格子のガラス壁面でおなじみヘルツォーク&ド・ムーロン設計のプラダ(PRADA)青山店、ガラスとアクリルの二重レイヤーが美しい妹島和世と西沢立衛(SANAA)設計のディオール(DIOR)表参道、そして六本木ヒルズがオープンしている。この頃、LVMHは老舗ブランドを次々傘下に。グループを率いるアルノー氏は今や世界トップの富豪だ。2004年には、伊東豊雄設計のトッズ(TOD'S)表参道ビル。私もずいぶん足を運んだ。今はケリングの日本社屋とボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)の旗艦店になっている。そして安藤忠雄設計の表参道ヒルズが2006年だ。華やかに変わりゆく街並みに胸躍らせたものだが、当時は90年代のバブル崩壊後の不良債権に苦しむ日本の企業を次々と外資系ファンドが買収し、「ハゲタカファンド」と恐れられていた時代でもあった。そして00年代末期には、銀座にファストファッションが次々出店するようになる。

欲望は人を愚かにするが、生きる原動力にもなる。買い物は快楽であり堕落であり、意見表明でもある。何を買い、何を買わないか。あの人は何を買ったのか。私たちはいつだって、気になって仕方がないのだ。このほどあの片づけの女王こんまりこと近藤麻理恵が、子育てを理由に片づけを諦めたと語って世界を震撼させた。人は変わる。今年あなたが買うものは、最新のあなたの記録だ。それはいつか、愛おしい歴史になるだろう。

Photos: Shinsuke Kojima Text: Keiko Kojima

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ファッションポリスの取り締まり手帳も!? 22年前のコレクション・ブックをリビュー【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

今回取り上げるのは、2000年8月号の特別付録「2000-2001年秋冬コレクション・ブック」。まさにY2K期の幕開けともいえるこのシーズンの時代背景を、小島慶子が振り返る。

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