FASHION / TREND & STORY

エリザベス女王に愛されたクチュリエ、ノーマン・ハートネルの世界

イギリス王室が絶大なる信頼を寄せ、エリザベス女王のファッションを支えた一人のクチュリエがいる。ウエディングドレスや戴冠式で纏った一着など、歴史に刻まれるデザインを手がけたノーマン・ハートネルの仕事に迫る。
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Photo: Tony Evans/Timelapse Library Ltd./Getty Images

ノーマン・ハートネルほどイギリス王室と深い関わりを持つクチュリエはいない。ロンドン南部のストレータムでワイン商の家に生まれた彼は、少年時代にウエストエンドでミュージカルを観ながらファッションに傾倒し、衣装を水彩画で再現する日々を送ったという。そしてその時に芽生えた才能は、彼の元を去ることはなかった。ハートネルはキャリアの絶頂期に、こう明言している。「私はシンプルさを軽蔑する。それは美を否定するものだ」

出発点は演劇クラブのコスチュームデザイン

Photo: Sasha/Getty Images

ケンブリッジ大学で現代語学を専攻していた頃、学生たちが運営するアマチュア演劇クラブのフットライツ・ドラマティック・クラブのために衣装を作り始め、写真家のセシル・ビートンとともに仕事をした。当時イギリスの夕刊紙『Evening Standard』は早くから彼に注目し、「未来のドレスメイキングの天才は今、ケンブリッジにいるのか?」と記している。「フットライツ演劇クラブが上演した『ベッドタウン・オペラ』の衣装は素晴らしく、ノーマン・ハートネルは、その作品でロンドン中の女性を征服しようとしているのではないかと思わせるほどだった」

1962年、レスタースクエアのオデオン座で行われた『アラビアのロレンス』のプレミア上映会にて。エリザベス女王はハートネルが手がけた一着を選んだ。

Photo: Keystone-France/Getty Images

数年後、ケンブリッジ大学を中退した彼は、同紙の予言通りにそれを実行に移した。ハートネルは大学で知り合った裕福な友人たちのために華々しいコスチュームをデザインし、ブライト・ヤング・シングス(1920~30年代に流行した享楽的な上流階級の若者文化)の間で瞬く間に知られるように。

ハリウッドスターたちが社交界の女性たちと同じくらいファッショナブルになると、ヴィヴィアン・リーやマレーネ・ディートリッヒといった著名女優もこぞって彼のロマンティックなデザインに身を包み、活動の場も広がっていった。

イギリス王室の女性たちを魅了したドレス

1953年6月13日、戴冠式のためにデザインしたドレスのスケッチを見せるハートネル。

Photo: Haywood Magee/Getty Images

イギリス王室との関係が本格的にスタートしたのは1930年代半ば、アトリエをメイフェアのブルトン・ストリートのタウンハウスに移した時だった。1935年、グロスター公爵夫人アリスはウエディングドレスだけでなく、ブライズメイドの衣装も依頼。この式に出席したエリザベス女王の母、クイーン・マザーもドレスの仕上がりに感嘆し、生涯を通じて彼の忠実な顧客となる。

そして1939年に行われた北米・カナダ訪問時の衣装をすべて彼に任せたことで、ハートネルは国内のみならず海外においても名声を得ることになった。それから何年も経った1977年、彼はファッションデザイナーとしては史上初のロイヤル・ヴィクトリア勲章を授与されている。

ボッティチェリの絵画に着想源を得たエリザベス女王のウエディングドレス

このウエディングドレスを購入するために女王が配給券を使ったという有名なエピソードも。

Photo: Topical Press Agency/Getty Images

もちろん、ハートネルと最も深い関わりを持つことになったのはエリザベス女王だ。1947年にエディンバラ公と結婚する際もまた、彼にウエディングドレスのデザインを依頼。ボッティチェリ作の絵画『プリマヴェーラ』にインスピレーションを受けたこの一着は、銀糸で刺繍された花輪、繊細なクリスタルとアメリカから輸入した1万個以上のシードパールで飾られた。

戴冠式のドレス。当時イギリスの支配下にあったすべての国の花の紋章が刺繍であしらわれている。

Photo: PA Photos/Getty Images

ハートネルがデザインした作品の中で、もうひとつ歴史に刻まれる一着がある。それは、エリザベス女王が戴冠式で着用したドレスだ。彼の自伝『Silver and Gold(原題)』には、こう綴られている。「1952年10月のある日の午後、女王陛下は私に戴冠式で着用するドレスを作ってほしいとおっしゃった。その時、私は何と答えたか、ほとんど覚えていない。彼女はシンプルな会話調で、自分の希望を述べられた──ウエディングドレスと同じスタイルであること、素材は白のサテン生地であること」

ドレスのスケッチ。紋章の正確さを確認するため、ハートネルは紋章官のキング・オブ・アームスに相談したという。

Photo: Haywood Magee/Getty Images

1953年6月13日、戴冠式のためのドレスがバッキンガム宮殿へと運ばれるのを見守る裁縫師たち。

Photo: Haywood Magee/Getty Images

ハートネルは最終的に9種類のドレスを制作し、女王は当時支配下にあったすべての国の花の紋章をあしらったデザインに決めた。「できる限りのリサーチをした後、私はウィンザーの森に籠り、何日もかけてスケッチをした。頭の中は、紋章や花のアイデアでいっぱいだった。ユリ、バラ、マーガレット、祭壇布や祭服。それから空、大地、太陽、月、星など、歴史に残るドレスに刺繍するにふさわしい、ありとあらゆるものすべてだ」──この渾身のドレスはハートネルが思い浮かべた通り、不朽の名作として語り継がれている。

Text: Hayley Maitland Adaptation: Motoko Fujita
From VOGUE.CO.UK